.毒々ミニチュア館管理人に買われてくるもの:ハーレーダヴィッドソン1962FLH DuoGlide  1/18スケール マイスト製 1100円
あるいは狂気と怪物、陰謀について

 

ハーレーに跨る者の多くは「ハーレーはバイクじゃねえんダ」とよく言っているようだが。
単なる乗り物としてのバイクを超えた、スピリチュアルな存在としてのハーレー。

管理人のようにバイクはおろかスクーターすら怖くて乗れないというモンですらそれはよくわかる気がする。
ハーレーを代表とする古めのデザインを今にも受け継ぐ大型アメリカンバイクをみると、乗れなくとも
特別な感情が湧き上がる。この感情は昔のホンダやトライアンフなどをみても湧き上がるものだが、その
質や度合いが明らかに大きくちがうのだ。  同じことはクルマにもいえる。例えば管理人はダイハツの
「コペン」が好きだが、それは単なるカワイくてイキなクルマでしかない。それ以上の存在には絶対になら
ないものだ。 しかし例えば50年代のでかいキャデラックは管理人の中ではクルマを超えた存在であり、
そのクロームぎらぎらのフロントグリルに魔像崇拝のような感覚を呼び起こす何かが潜んでいるのだ。

「ハーレー」や「キャデラック」を乗り物以上の次元に位置させているものの正体とはいったいなんなのか。
それはいわゆる、文化人などによく語られるところの「アメリカの狂気」であろう。
ここでは、その、因業な超大国アメリカのはらむ「諸々の狂気の中のひとつ」について、論じたい。


ある評論家は、アメリカ人一般にあるボディビルや豊胸手術など肉体改造への強い嗜好を下地に
見て捉え、アメリカ特有の 改造バイクや 改造クーペ、巨大タイヤを履いた モンスタートラック、
さらには
※「それらを合体させたとしか思えない巨大スペースシャトル多数のキャタピラで遅々と移動
する発射台までも含めてだろう)
を取り上げ「これら巨大メカへの熱狂にはどこか狂おしい「幻の肉体」
への渇望が感じられると述べている。
  (※・・・STUDIO VOICE 1992 Vol.193「狂気のアメリカ」掲載 伴田良輔氏のコラムより)

「幻の肉体への渇望」・・・管理人はこれは人類が古代から受け継ぐ「怪物への渇望」とみる。

怪物へと己を変化させたい、怪物を創造したい、怪物を下僕にして他を威圧したい。これら怪物への
渇望が今なおアメリカ特有のバイクや、クルマ(特にクライスラー系に顕著)の造形に現れているとみる。
国家においても、怪物的な途方もない力への指向がみられる。周知のことだが強大な軍事力と科学
と金融・メディア・・・・アメリカというのは国自体が「制御できない怪物」そのものなのであろうか。そうい
うものと考えれば戦争・テロ自演やら宇宙人との密約やら生物兵器としてのエイズウィルスばら撒やら、
人類支配の為の巨大な陰謀がアメリカの秘密結社で進められているとかいうオカルトなやつらの話し
も実によく頷けるし楽しめる!

少しそれたので話しをもとにもどそう。  アメリカンバイク一般の魁偉な獣のようなスタイル、昔のアメ車
特有の怪魚のような醜悪な顔と巨獣のようなボディ・・アメリカ以外では生まれなかった「狂気の造形」
だ。それをあとから真似たようなのはヨーロッパにも日本にもあるがその「狂気」の真髄にはせまらぬもの
ばかりである。   しかしこの「狂気」はアメリカ人だけのものではなく人類に普遍のものなのだ。
世界中にこの「狂気の造形」の魅力の虜となった者が数多くいる。アメリカの敵国やアメリカ的な自由
とは相容れない文化をもつ国にもいる。社会主義国キューバのアメ車マニアは慢性的物資不足の中、
旧ソ連製の非力なエンジンに積み替えてまで50年代のキャデラックに乗りたがるし、アラブの王族など
自分じゃ運転もできないのに、ミニカーでもコレクションしたかのように昔のアメ車を何百台も保有して
いたりするのだ。

古代、どの民族でも「怪物への渇望」から信仰を生み、文明を振興させ、あるいは滅亡させてきた。
アメリカはこの人類共通の崇高かつ危険な狂気を、神官や王のヴィジョンから、ポップでイージーな
商業主義の俗悪なる地平へとひきずり下ろし、バイクやクルマに宿して新たな信仰を創出し世界中を
再教化したいのだろうか?そしてその陰謀の手先の最底辺階層として無数にある、泡沫的な役割を
担わされているのが管理人なのであろうか?全然自覚もないのだが。宇宙人に「チップ」でも埋められ
たらいやだな。